[25_05_27]盗むわけじゃない、死ぬまで借りるだけだぜ

2025-05-27 | 作文



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「盗むわけじゃない、死ぬまで借りるだけだぜ」ーとある偉い人物の名言?



魔理沙が紅魔館の魔法書籍を盗むとき、いつものセリフだ。

色々な種族が登場する東方プロジェクトの中でも、

寿命が長い魔女のパチュリーにあっては確かに借りることになるかもしれない。

しかし、魔理沙にとって「死ぬまで借りる」は、「盗む」と何が違うのだろうか。

所有とは、いつからどこまでを指すのか?



所有の定義は「自分のものとして持っていること。また、そのもの。」だ。

持っていることは分かりやすい。だが「自分のものにする」ことはどのように成立するか。

まずは、自分と自分以外の境界とはどう定義する必要があるだろう。

ここで「自分」は辞書的には「自身」との循環論証で定義される。

私は自分を物理的な境界、そして心理的な境界と分けることができるとおもう。



物理的には、単純にその身に含まれるか否かで判断ができる。

頭脳、心臓、腕、髪の毛、肌についた角質すべてを称することができる。

角質の場合は脱落して個体から完全に離れたことをその身とは言えない。

従って、自分自身の体以外には物理的な所有とは成立ができないと思う。



心理的には、自分の境界の定義に連関がある「個人の境界線(personal boundaries)」という概念がある。

ウィキペディアによると、それは

自分に対して行動をとってくる他人に対して、合理的・安全・許容可能な手法であるかを判別するために個人が作成する、
ガイドライン、ルール、制約である

という。

幼児なら何物でも自分の所有物だと信じる傾向がある。

まだ自己が生まれていない幼児には個人が作成したガイドラインが存在しない。

大人になっては人間別々のガイドラインが形成されている。

故に、属する集団で共に使う品物に対して、それが人によって自分のものだと考えるか否かが分かれることもある。

このガイドラインの限界のため、所有に関する通用ルールは

ほとんどの国家で制度によって明確に定義されている。

しかし国によって違いが現れるため、真の意味にはならない。



なので、明確に「自分」と言える境界は物理的な意味に限られる。

従って、話を元に戻すと、私は所有とは「死ぬまで借りる」ことに同然だと考える。

幻想郷でほぼ永遠を生き続く妖怪や神と違って、人間は生まれて必ず死ぬ者だ。

生まれてから持つ体でないと、所有の全ては一時的な占有にすぎないー

あまり欲しくて自分のものにしたとしても、

結局それは臨時的な占有から外れられない。

だから、所有に執着しすぎる理由はないと、私は考える。